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君と手をつなごう



オレは野望があった。
いや、野望って程のものじゃない気はするんだけど。
でも…願望ってイメージより強い感情だし、夢より現実感がある。

それは…。コウと手をつないで歩くことだった。

だってさ、恋人とは手をつなぎたいじゃん。
手をぎゅっとつないで歩いたら、暖かくてドキドキして。何かこう、ぐぐっと気分が盛り上がるじゃん。
ああ、オレにはこの人がいるんだな〜。とか思えてさ。
そっと指をつないで、それからぎゅっと握り合って歩く。
恋人同士になったらさ、最初にやってみたい事じゃないだろうか。
いや、オレとコウはもちろんもう身体の関係があるわけで。
手をつなぐどころかキスもしてるし、ベッドでお互いの身体の隅々まで触っちゃったりしている……んだけど。
じゃあ、だったら手をつながなくてもいいか、と言われると、そういうわけじゃないと思う。
違うんだよな。エッチするのと手をつなぐのは、やっぱり違う。
いくらエッチ済みだからって、それだけでいいってわけじゃないんだ。

でも日本では、男同士は手をつないだりしない。
男女で恋人だったら普通の行為なのに。
男同士で手をつないで歩いたりしたら、速攻好奇の的だ。
女の子はいいよな。手をつないで歩いても、仲良しなんだなー…程度で済むからさ。
でも、男同士はそうはいかない。
ゲイがたくさんいる場所にでも行けば、もしかしたら堂々と手を繋げるんじゃないかとも思うけど。
実はオレは、そういう所に行きたくないんだよな。
だって、まわり中ライバルって事になるんだろ?
そんなところでコウを連れ歩けるかよ。


「僕も別に、ゲイストリートには行きたくないから、いいよ」
どうやらオレは、ボロッと心の一部を声に出して漏らしてしまったらしく、コウに返事されてしまった。
「えっ? いや、その…」
「何? 僕に言ったんじゃないのか」
「あ…いや。そういう訳でもないけど。えーと、でもホントに?」
「本当にって何が?」
「オレは確かにコウにゲイストリートに行って欲しくないけど。でも、ホントに行きたくないのか? オレに気を使っているんじゃなくて?」
 
コウは不思議そうな顔をした。
さっきまで熱心に読んでいた昇進試験の問題集を床に置いて、オレをまっすぐに見つめる。
「香澄に気を使うほど、僕にとってはそんなに行きたい場所でもないぞ。
まあ…身体を慰める相手が欲しい時は、行きたくなるかもしれないが」
身体を慰める。
オレ以外の誰かにコウが身体を慰めてもらうだって!?
一瞬、オレは眉を寄せてしまったらしい。
気がついたコウは、フッと笑った。
「僕には恋人がいるんだから、必要ないだろう?」
「あ……うん」
「ああいう場所は緊張する」
「そうなの?」
「よく知らない人間がたくさんいるんだぞ。くつろげるわけ無いだろう?」
言いながら、コウは身体を寄せてきた。
床のクッションに座っているオレの隣に腰を下ろして、身体をピッタリと密着させる。
「香澄の隣が、一番落ち着くよ」
ううう…。そんなにくっついて。もしかして誘っているのか? コウ。

「一番欲しい身体も、ここにあるし…」
コウは薄く笑うと、長い指ですうっとオレの身体を撫でた。

「どこに行く必要があるんだ?」

熱を帯びた瞳に見つめられた瞬間、オレはもう、そのまま吸い込まれるようにコウの身体を押し倒していた。
少し開いた唇に夢中で舌を差し込んで、シャツのボタンを外して、白い肌にキスしていく。
「香澄…」
コウの吐息が甘くオレの耳をくすぐった。


イヤー、マジで、この流れでエロい事しないのって無理だろ?
恋人に欲しいとか言われたら、それこそいくらでもどうぞって差し出しちゃうぜ。
第一さっき撫でられただけで勃っちゃってんだから、オレは。
「はっ……。んん…」
オレの下で、コウの息が次第に荒くなっていく。
紅潮した頬がすげー色っぽい。

そうだよ、オレ以外の誰も、この身体に触ったらダメだ。
オレだけが触っていいの。ここも、ここも。
熱くてキツイここも……。
「んっ…香澄っ」
コウの身体がびくりと跳ねる。
「コウ、声、もう少し押さえて…」
「だって、香澄……ああっ」

まだ指しか入れてないのに、コウは大きな声を出す。
オレは思わず上から口を手で押さえた。
コウの声は好きだけどさ。ここは警察寮だし。隣が留守なのは確認済みだけど。でもさすがにこのまま無節操に喘ぎ声を出し続けられたら、やっぱりマズイよな。
「ん…んん」
指の隙間から、コウの息が暖かく漏れる。
少し苦しそうに耐えてる顔が、猛烈に色っぽい。
ああ、くそオレ、もう我慢出来ませんっ。
でもそのえーと…。口を押さえながら後ろもいじるのって難しいんですけど。


「か…香澄。挿れ…て」
指の間から、コウが切れ切れに声を漏らした。
「でもまだ、あまり慣らしてな…」
「いいか…ら」
「うわ…コウ、ちょっ…」
コウはオレの下腹部を探ると、長い指を勃ちあがったナニに絡みつかせてきた。

「時間をかけてやるのは、2回目からでいいから。最初は…早く欲しい。
僕は…大丈夫…だから」
2回目って、もう2回目ヤルの決定ですかーっ?

頭の中で一応つっこんではみたが、もちろんオレだって2回目に異存はない。
エッチの時のコウのリクエストなら、何だって聞いちゃうもんね。
でもまずは1回目。
コウの脚の間に身体を入れて、怒張した先端を押し当ててゆっくりと挿入する。
本当はあまり早いより少し慣らした方が気持ちいいんだけど。
でもオレだってね、このままにしておいたら、挿れる前にサクッと果てちゃいそうだしな。
コウが早く挿れて欲しいなら、もちろん喜んでーっ、に決まってる。
「くっ…でも、コウ。キツイ」
「あっ…はあっ」
「身体…もっと開いて」
「いい…。すごく…いい、香澄っ……」
コウの身体が小さく震える。

えっ? まさかコウ、もう?

オレは慌てて、コウの足を抱え上げると、一気に奥まで全部突き入れた。
その瞬間コウの身体が跳ねて、背中がしなやかに反る。
「ああっ…あっ。動いたら…ダメだっ。香…っ」
ダメだって言われたって、挿れちゃったらもう無理だろ。
構わず動くと、コウはオレの名前を呼んでいる途中で声を途切らせ、唇を噛みしめた。
「あ…ああっ……。くっ…」
息が震え、快楽の印がコウの身体に散る。
「うわ…コウ。そんなに…締めつけ……」



コウはオレの身体の下で何度か荒く息をつくと、ひどく恥ずかしそうに頬を赤らめ、まぶたを伏せた。

「ごめ…ん」
「あ〜…いや。謝らなくても。ただその、オレ、いま全部挿れたばっかりだから…」
「ん…うん。香澄。なんか…抱き合ってみたら、すごく…君が欲しくなって。我慢…できなかっ…」

あー、もう。
オレは身体を繋げたまま、コウをぎゅっと抱きしめた。
そんな可愛いこと言われたら、2回どころか3回戦だってヤッちゃうだろーっ。
「動くよ」
ゆっくりと腰を動かして、コウの中を探る。
「うん……。あ…」
オレが動き始めると、コウはそれを味わうように、一緒に腰を動かしてオレ自身を呑み込んだ。
「ああ…香澄」
「また、硬くなってきたよ、コウ」
「ん……。香澄…好き……」
「コウ…!」

もちろんオレも好き。
好きだとも。

吐息と共に漏らされた言葉に、オレはもう興奮して一気に腰を突き上げた。
ベッドがギシギシと悲鳴を上げはじめる。
「香澄…。気持ちいい。そこっ…」
「今度はさ、オレの手の中でイッてよ」
オレは腰を動かしながら、再び硬くなったコウのモノを手のひらで愛撫した。
「香澄っ……」
「ヌルヌルで、すっげーエロい」
「香澄もっ…僕の…中、でっ」
「あっ…うん。すぐ限界だからっ。イクから…コウもっ」

一緒に、という言葉を言いきらないうちに、オレはコウの中、一番深いところまで自身を差し込んで、そのまま射精する。

同時にコウの指が、オレの背中にきつく喰い込んだ。


「あー……。なんの話してたんだっけな。オレ…」
2回どころか結局3回も抱き合った後、オレ達はベッドの上で仲良く並んでボーッと寝ころんでいた。
「ゲイストリートの話…」
少し眠そうに、コウが応える。
「ん…だからどこからゲイストリートの話になったのかって…。何か途中でコウに誘われて、そのままなだれ込んじゃったからさ」
「え?」
コウが不思議そうに顔をこちらに向けた。

「僕じゃなくて、香澄から誘ったんだろう?」
「へ? そうだっけ?」
「だってゲイストリートの話なんかして。誰かが僕を抱くとか言ったじゃないか。あれは僕を煽ったんじゃないのか」
「そう…なるのか? いやいやいや。そうじゃなくて。オレは、手をつなぎたかったんだよ」

「手……を?」
きょとん、とした顔をされてしまった。
まあそうだよな。たった今、もっと深いところで繋がっちゃったもんな。
舌で探り合うようなキスをして、3回も交わっちゃって。
なのに今さら、手って何の話? なんだろう。
「いや…。コウの疑問は何となく解るけど。でもホラ。なんて言うかなあ。そのつまり」
「手とゲイストリートは、どこで繋がるんだ?」
「いや単に、ゲイストリートなら、人目を気にせず手を繋げるかなあって…思っただけなんだけどね」
「手をつなぐことがメインなのか。別に、ゲイストリートに行きたいわけじゃなくて?」
「うん。手をつないで歩きたいなって、そう思っただけ」
「つないで歩いて…」

コウは少し考え込んで、フッと何かを思い出したようにオレの瞳を覗き込んだ。
「そういえばずいぶん前に、公園で手をつないで歩いたな」
「うん。オレもそれは思いだした。えーと、色々あったけど。でもコウとの初めてのデートらしいデートで…」
「あんな…感じか?」
「あんな感じ」
「もう一度?」
「うん…。ていうか、何度でも」

オレは言いながら、コウの顔を指でなぞる。
「でもさ。ほら、男同士だと難しいじゃん。特に人前で手をつないで歩くのは…出来ないし」
「それで、ゲイストリート」
「いや、それはもうどうでもいいよ。やっぱり行きたくないし。ライバルのいっぱいいる場所なんてさ、嫌だよ」
「ライバルって…。考えが及ばないようだが、そういう場所では香澄だって狙われる対象なんだぞ」
「へっ?」
「人には好みがある。僕じゃなくて香澄の方と寝たい男だっているだろう?」
「あっ…そうか。…って、ええっ!?」
「ええ? じゃなくて…」
コウは少しあきれたように薄く笑った。

「僕に……嫉妬させることが目的だったりするのか?」

いや、すみません。
やっぱりオレ、基本はゲイじゃないや。
コウを恋愛やセックスの対象にしているくせに、自分が男からそういう対象になるって事態は微塵も思いつきませんでした。

「もしそうなったら、コウは嫉妬するわけ?」
「ああ、するな」
「す…するのか。そうかぁ…」
サクッと当たり前のように言われてしまった。
「だから、ゲイストリートには、僕も行きたくない」


「そうなると…。どこで手をつないだらいいのかな」
「そんなにつなぎたいのか?」
「うん……。手をぎゅっと握って歩くのって、いいよな」
「そうか……そうだな」
コウはほんの少し遠い目をして、それから聞いた。
「外で、つながなきゃいけないか?」
「え? まあ普通は外だよな。家の中ではつないだりはしない気がする」
「でも外は……」
コウはほんの少し言い淀んで、それからオレが思いもかけないことを言った。
「確かに公園で、手はつないで歩いたけど。本当は僕は、外では手を空けておきたいんだ」
オレが首を捻ると、コウは、ああ、と呟いて続ける。
「外は…危険だから」
「危険…。なるほど〜」
オレは思わず、うーんと頷いてしまった。

「それってすごく砂城っぽい思考だよね。まあそうか。確かに砂城は色々な意味で安全、とは言いがたい場所だからな。
だから手を常に空けておいて、何か起きた時にはすぐ動けるようにって。そういう事?」
コウは頷いて、それから自分の手を見つめた。

「この手で、守ろうと僕は思ってきたんだ」
「誰を?」
「大切な人を。今は……香澄を」

うっ……。

惚気のようにも聞こえるけど、コウにはシリアスな問題らしい。
両親を守りたかった、とか、助けたかった人がたくさんいたとか。今までの様々な出来事が、コウの中にずっと溜まっていて。だからこその決意なんだろう。
オレは男なんだから、守らなくてもいいよ。
みたいな男のプライド丸出しなセリフを言える雰囲気じゃない。
(かといって、女の子じゃないから、守ってね。とも言えないし。難しいなあ)

「あれ? でも公園ではつないだじゃん」
「あの時は…その」
コウの頬にほんのりと朱が散った。
「アレが……いたから」
「アレ…。あっ。そうか、あれかっ」
そうそう、そうだった。
雨上がりの公園にはコウが苦手な生き物が大量に出てくるんでした。
そうか、手をつないだのはそういう意味もあったのか。

「怖かったわけ?」
「ええと……」
コウの眉が微かにひそめられる。
なんだか恥ずかしがって困っているみたいだ。まあ、あまり弱点を追求されるのも嫌だろうしな。これに関して揶揄うのはやめる。
オレ個人としては、コウの弱点とか知るの嬉しいけどね。
なにせコウは色々と出来すぎだからさ。
少しくらい弱点があった方が魅力的ってもんさ。
なーんて感じでオレが特に邪気なくニコニコしているものだから、コウは困った顔をしながら、それでもうっすらと微笑んだ。


「じゃあ、結論として。よっぽどのことがない限り、オレとは手を繋げないってこと?」
「いや…うん」
「手をつなぐこと自体は、嫌じゃないんだよな」
コウは頷く。

「じゃあ、つなぎたい?」
「え?」
「それとも、そんなことどうでもいいとか?」
「どうでも……」
コウは言い淀んで少しの間、何かを考えていた。
そして次の瞬間、いきなりオレの手をとって、ぎゅっと握った。
「おっ? おおおっ。な。なにっ?」
「ん……」
コウは目を瞑って、しばらくオレの手の感触を確かめてから応えた。

「どうでも…よくないな。結構、いい」
「オレの手を握るのが?」
「ああ。香澄の手、すごく好きだ」
コウはオレの手を握ったまま唇に近づけ、指に軽くキスした後、すうっと舐めた。
「うん…すごくいい」
「うわっ……。そそそ、それ。もう手をつなぐ、じゃなくなってるけどっ」
「香澄、手をつなごう」
「えっ? 外で?」
「外でも、家の中でも」
「家の中で手をつなぐって、変じゃないか? 恥ずかしい気がする。な、なんとなくだけど…」
「でも香澄。家の中では2人しかいないのに、何に対して恥ずかしいんだ?」
「あ…そういえば、そうだよな」
オレは頭を掻いた。
外では二人っきりじゃないと恥ずかしいって思っていたのに、家の中で何が恥ずかしいんだろ。



「じゃあ、ホラ」
コウはベッドから起き上がりながら、あらためて右手を差し出した。
「えっ? 今つなぐの?」
「起きて、手をつないでシャワーを浴びよう。それから手をつないで、何か食べながら映画のDVDでも見よう」
「お…おうっ」

コウの提案って、ちょっとデートみたいだよな。
オレはなんとなくウキウキしてきた。

エッチした後、手をつないでデートみたいな雰囲気。
順番が逆って気もするけど。
でも、そんなのどうでもいい。
楽しい嬉しい、家デートだ。
家で手をつなぐのも、デートだって思えば全然変じゃない。

そうか、オレが手をつなぎたいのは、デートしたいからかもしれない。
恋人同士だけが作れる雰囲気。


ああ……、そうだ。
オレはもう一つ思いだした。

初めてコウと出会った時。あの時も手をつないで走ったんだった。
火事の中、2人だけで。
デートじゃないけど。2人とも埃まみれだったけど。
でも……あの時間は特別だった。
もちろん再現したいわけじゃない。
でも、オレにとってコウと手をつなぐのは、特別なことなんだろう。

オレは左手を差し出す。
コウはとっても綺麗に笑って、オレの手をぎゅっと握った。




黒羽は、つないだ手を見下ろして笑う。
うん、悪くない。すごくいい。

君と手をつなごう。
つないで、2人で歩こう。
香澄が左手を差し出し、僕が右手をつなぐ。

左利きでよかった。
堅く手をつないでいても、君を護れる手が空くから。
僕の右手は君につながれたまま、左手で君を護ることが出来る。
そして…香澄の右手も空いている。

僕は左利きで、香澄は右利き。
僕は両手を空けておかなくてもいいんだ。

右は、香澄が守ってくれる。


だから大丈夫。不安にならなくていい。
僕たちはお互いを護り合う。
恋人で、パートナーだから。

繋いだ手に力を入れると、香澄は鮮やかに笑って握りかえしてきた。

END

おまけ「手を繋いでシャワーが難しい件について」