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手を繋いでシャワーが難しい件について



 オレ達二人は手を繋ぎながら狭いシャワー室に飛び込んだ。
服はベッドでとっくに脱ぎ捨ててあったのでいいとして…。
えーと…実際問題として二人三脚で何かしなくちゃならない状態なのか?
オレ達…。
チラッとコウを見上げてみたら、何やら妙に嬉しそうな顔をしているので、いったん手を外すよ、と言えなくなってしまった。
仕方がないので片手で探ってシャワー栓を捻る。
力加減が上手くいかなかったらしく、いきなりドバーッと冷たい水が大量に頭上から吹き降りてきた。
「ぎゃーーーっ」
オレは思わず悲鳴を上げるが、コウは平気らしい。
「水だな」
とか普通に言ってやがる。
愛撫には敏感に反応するのに、こういうのには鈍感なんだよな。痛みにも鈍いみたいだし。

でもオレは鈍感にはなれないので、温度を微調節するべく、つないだ手を無意識にほどこうとした。
そうしたらコウの奴、一瞬『えっ!?』という表情をして、ぎゅっと手に力を入れやがった。
あああああ……。
一瞬とはいえ、そんながっかりしたような顔をされたら、気軽に離せないじゃんよ〜。マジでこのまま手を繋いだまま風呂に入ろうっての? 一瞬たりとも離さずに? 完全二人三脚で?
いや二人三腕になるのか、この場合。でも真ん中で繋いでいる手は実質使えないから、二人二腕だよな。
「えーと…コウ?」
「なんだ? 香澄」
妙にご機嫌な声が上から降ってくる。
「えーとね…。このまま手を繋いだまま身体とか洗うわけ?」
オレとしては、身体を洗うときくらいは手を離すよな? という確認のつもりだったのだが、コウは素直に頷いた。
「ああ、そうしよう」
な、なんか逆の意味で確認しちゃった感じになってるよ〜。

「で…でもさ、頭とか片手じゃ洗いにくいじゃん」
「香澄の頭は僕が洗う」
「ええ?」
「そうだな、片手だと無理だろうから、身体も僕が洗おう」
「ち…ちょっと待って」
コウに身体洗ってもらうって、シチュエーションとしては確かに美味しい。
しかも自分から積極的に、やるって言われるなんて。
そりゃーもう、よろしくお願いしますっ♪ の世界なんだけど。
でも片手だと背中を洗うのも難しいんじゃ…。

しかしコウは考えてるオレにはお構いなしで、さっさと片手でシャンプーをオレの頭に滴らし、ワシャワシャと洗い始めた。
大きくて器用な指先が、オレの頭をマッサージするように撫でていく。

うっ…気持ちいいな、結構。
人に頭洗ってもらうって気持ちいいもんだけど。でも、コウのは更に上手な気が…。
片手なのになあ…。あ、もしかしてコウは日頃から片手で銃とか取り扱うようにしているわけだし。片手だけで何かやることに慣れているんだろうか?
「シャンプー、目に入ってないか?」
「あ…うん、平気」
普通に答えちゃったぜ。
ていうか、そこはかとなく幸せな気もしてきました。
こんな風に恋人に頭洗ってもらって、それが普通って、いい感じじゃないか?

……強制手つなぎイベント実行中でなければ、もっと普通だけど。

頭が終わると、コウは楽しそうにスポンジでオレの身体を洗い始めた。
下心があるのか無いのか(オレがコウの身体を洗うときは、絶対あるからなっ)これまた普通に腹とか洗っている。
「ここも、僕が洗うか?」
コウが下に手を伸ばしかけて、一応聞いてきた。
うん…恋人同士でもセックスじゃないなら局部を触るのには礼儀を持って、という所だろうか。
「それはプレイになるわけ?」
だって、そこを洗われたりしたら刺激で絶対勃っちゃうだろーっ。
そうしたら手を繋いだまま合体……って無理無理無理。
いや、コウに上から乗ってもらえば…って、やっぱり無理。
そんな事してまでやる必然性がどこにあるってーのっ。
「そこはオレが後で洗う」
「わかった」
コウはサクッと頷いて、今度は背中に手を回して洗い始めた。


むむう〜……。
手を繋いだまま片手で相手の背中を洗おうとするとだな。体勢としては、ほとんど抱きしめる感じでお互い向き合うことになる。
つまり今、オレはコウの両腕の中にすっぽり収まる形になってるわけだ。
恋人同士としては、普通な体勢かもしれない。
が…! オレの方が背が低いからさあっ。なんとなくこの体勢は気にくわないんだよねっ。いつものオレの小っさいこだわりだけどさっ。
「香澄…身体が離れると洗いにくい」
抱きすくめられるような形に抵抗して離れようとしたオレの身体を、コウはぐいっと引き寄せた。
ますますコウの腕の中にすっぽりと嵌り込む。
「ぐぐぐう…」
変な声が出てしまった。

「待ってよコウ」
「なに?」
「なんかオレだけ手持ちぶさただからさあ。オレもコウの背中洗うよ」
「同時にか?」
「洗いっこになるな」
ん。悪くない気がするぞ。
なすがまま洗われているから、何やら抱きしめられてる気分になるんだよ。
オレも同時に洗えば、一方的にされてる感じが無くなるじゃん。
コウは訝しむような顔をしたが、構わずオレもスポンジを持ってコウの背中に手を回した。
お互いの身体を抱きしめるような形で、コウはオレの背中を、オレはコウの背中を流す。
うわ、見えないとどこを洗っているのかサッパリわからーん。
解らんまま腕を伸ばしたら、ぐらりと身体が傾いた。

「うおっとっとっと」
思わず脚を開いてバランスを取ろうとする。
しかし場所は浴場で。濡れたタイルはふんばりを支えてくれなかった。
「香澄っ」
コウの片腕がオレの背中に回り、支えようとする。
同時に繋いでいる方で引っ張り上げようとしたため、オレの足は一瞬宙に浮いた。
「ちょっ…コウ、余計危なっ……」
空いてる右手をコウの背中に伸ばそうとしたが滑って腰のあたりに落ちる。
慌てて踏ん張ろうとした片足はコウの脚の間に入り込み、もう片方は…………。

……って、ちょっと待て。この状態なにかに似てるぞ。
浴槽で下手に滑って頭でも打ちつけたら結構な痛手に…という状態なのに、オレの頭は連想ゲーム状態になっていた。
えーと…そうだ。あれ。ツイスターゲームだ。
ご家庭パーティの余興とかでやるヤツ。
色の付いた場所に指示通りに手足を置いていくと、複数でやっているうちに、手足や身体が絡み合っちゃう、アレ。
オレの手がコウの身体のあっちにあって、コウの手はこっちに回って、お互いの脚が…。
ワケ解らん、いや、そうじゃなくて。

倒れるーーーーっ!!!!!!

オレの身体の頭も一瞬パニック状態に陥り、次は完全に湯船に突っ込むかと思われた。
………が。
どうやらコウの驚異的なバランスが、オレ達を支えてくれたらしかった。

「……あああ。お、驚いた〜」
ギリギリで浴槽に突っ込む前に思いきり引き上げられたオレは、ピッタリとコウの身体に密着していた。
ていうか、あんな状態でも繋いだ手は離れなかったのか〜。
なんか、すげっ。
「危ないよ、香澄」
「危ないって、だってコウがなあ」
手を繋いだまま身体を洗おうなんて言うから……。
と、口に出しかけてオレは黙った。
「……? なに、香澄」

メガネを外した時の少し焦点の甘い瞳が、至近距離でオレを見つめている。
「コウが……こんな風に背をかがめてくれないから」
「うん? 僕が?」
「だから…オレの手が届かないだろ? 少し屈んでくれないと背中洗えないじゃん」
背が低いことを自分から主張するのは少々悔しいわけだが。
でも、オレは思いだしていた。
うん……。
初めてコウとキスした時も、確かオレ、ちょっと屈んでよって言ったんだ。
屈んだら、オレにキスしてくださいって言ってるような位置に唇が来るんだよな。

思い出したら我慢できなかった。
これはもちろん、あの時のキスを再現しなくては。
というわけで、目の前の唇にオレは軽くチュッとする。
コウは一瞬驚いた顔をしたが、続けて深く唇を重ねると黙って目を瞑った。
しばらくお互いの口の中を舌で探り合って、そっと唇を離す。
当り前だけど、あの時のキスよりだいぶん甘くて濃厚だよな。
オレ達の間に、それだけの時間がちゃんと流れた証拠だ。





「なんだ突然」
訝しそうな響きの声とは裏腹に、コウの頬は薄く上気していた。
シャワーで温まったからとかじゃないよな。
「手をつないで色々やるんだろ? だから…手を繋いでキス」
耳元で囁いたら、コウはなにやら含羞んだような笑みを浮かべた。
うわ、ちょっと。
そのなんつーか…少女みたいな笑い方はなんだよ。
キ…キスしただけだろ? しょっちゅうやってるじゃん。
そんな初めてのキスみたいな顔をされると、オレのほうが恥ずかしくなっちゃうって言うか…ついでに下の方も反応しちゃうって言うか…。
「香澄…やっぱりここも僕が洗おうか?」
甘ったるい声がオレを誘惑する。
そのセリフは、少女みたい、じゃないよな。
少女はそんなエロっぽいこと言わない。

もちろんコウは少女じゃないし、オレ達は恋人同士だし。
誰はばかることなくエロイ事に突入してしまった。
けどオレ、最初に手をつないだままじゃ色々無理って思ってたのにな〜。
欲望の前では、無理もけっこう通ってしまうらしい。

「ああっ、はあっ…香澄っ…」
深々とオレを受け入れて、コウがあえぐ。
片手握手したままってのが変な感じだけど、でもぎゅっと握られる感触は悪くない。
背中にしがみつかれるのとは、また違った一体感。


初めてキスした時は、その後一緒に書類を書いた。
今はこんな風に抱き合ってる。
黒羽さん、白鳥さん、だったのに。
コウ、香澄って呼び合ってる。
その違いが、すごく嬉しい。

「コウ…」
「んんっ…」
オレに貫かれて、揺さぶられて。
返事の代わりにコウが身体を震わせた。
同時にオレも、コウの中で果てる。

「洗うって…言った割に…。もう一度シャワーしなくちゃいけないようなこと、してるな、オレ達」
整わない呼吸で、コウの唇の周りや頬にキスしながら、ふざけて言ったら、コウはスッと耳元に唇を寄せてきた。

「手をつないで…セックスだな」

さっきのオレのセリフのお返しですかーっ。
コウはオレの下でひどく楽しそうに、クスクスと笑った。
「この調子だと、手をつないだまま何でも出来そうだ」
「最初は手をつないだままじゃシャワーも難しいって思ったんだけどな〜」
「そうか?」
「思わなかった?」
コウが軽く頷く。
「だって…香澄と繋がったままでも、必要な手は一つ空いているからな」
「コウ…」
「守ることも、抱きしめることもできる。本当は…離れずにずっとこうしていたいくらいだ」

さすがにそれは無理だろうが、とコウの唇だけが動く。
瞳の中に、ほんの少しだけ寂しそうな光が宿った。


「んん〜、わかった!」
「香澄?」
「オレもまあ、コウの身体にはずっと触っていたいわけだし。この状態のまま、どこまで色々出来るか挑戦しようぜ」
「ち…挑戦?」
「少しでも長く、手をつないでいよう」
なにやらビックリ顔のコウは、オレの言葉を聞くと嬉しそうに頷いた。
「ああ、そうしよう」

そして…、オレはコウの身体を全身洗ったのだった。
もちろん、洗えない場所なんてひとつも無かった。


END