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子供の領分 ―14才の肖像―

「おい、黒羽を入れるのかよ」
「いーじゃんよ、助っ人OKって言ったろ?」
「でも……」
黒羽を入れるのって、卑怯くさくないか?
少年の目が口にしない言葉を語っていた。
中学校でのバスケットの練習試合。
バスケ部ではない黒羽 高を、チームに混ぜるかどうか。
他校の生徒が思わずそれに異議を唱えるくらい、黒羽は有名だった。

少年達がぐずぐずしているうちに、遠巻きに女の子達が集まりはじめる。
相手チームのキャプテンは、それを横目でチラッと眺め、軽く舌打ちをした。
少女達の騒めきが舌打ちに被さる。
「黒羽くんだよ。試合、出るの?」
「マジで? また大差で勝つかなあ」
「この間、バレー部の助っ人にも入ってたの、見た?」
「見た見た。すごかった」

「おい、早く決めないとギャラリー集まってくるぞ」
少年達は一人離れて立っている、背の高いシルエットを睨みつけた。
「僕は別に、どうでもいいけど」
黒羽は感情のこもらない声でさらりと応えた。
この言い方が、ひどく冷たく高慢に聞こえることに黒羽自身は気がついていなかった。
実際、どうでもよかった。単なる事実を言っただけだと思っているからだ。
人に必要とされることは嬉しかったから、頼まれればOKする。
それだけのことだ。
今回も頼まれたから来ただけで。必要なら入るし、そうでないなら帰る。
断わられたからといって、特に気を悪くしたりはしない。
自分では相手に判断を委ねた控えめな態度のつもりだったのだが、それが少年達のプライドを逆なでする形になっていた。

時々、態度が気にくわないと、ケンカを売られる事もある。
しかしそういう時、黒羽はあっさりと逃げた。
ケンカは好きじゃない。殴り合いも、プロレスごっこも嫌いだ。

ただ、身体を動かすことは好きだった。
中学に入ってから、すっと背が伸び始め、身体にエネルギーがどんどん溜まって行くような感覚がある。
それを発散させるのは、楽しいことだった。
しかし内向的な性格の為、運動クラブにはなじめなかった。
だから、どこのクラブにも所属していなかった。
しかし黒羽は、あちこちの運動部から声をかけられた。
背が高いから、という理由はあるだろうが、黒羽より背が高い同級生は他にもたくさんいる。
だから、背の高さの為だけで助っ人に呼ばれたわけではなかった。

小学校の時から運動は得意だったが、思春期に入ってからは、飛び抜けて身体能力が高くなったと黒羽自身も感じていた。
眠っていた身体のあちこちが、いきなり目覚めたように感じることもある。
今まで出来なかったことが、特に修練もしていないのに軽々と、突然幾つもランクアップしたように出来る。
それはひどく面白いことだった。
自分がどこまで出来るのか思いっきり試したら、一体どれくらい上を目指せるだろう。
どこまでもどこまでも、遙かに高い所を目指す。今はまだ限界が見えない、その先を更に跳び越える。
想像には、ぞくぞくするような魅力があった。





床を足で蹴る。
ふわりと身体が浮き上がり、手を伸ばす。
驚くほど伸びる身体。指先。
背中に羽が生えたかと思うほどの、長い滞空時間。
ああ、届く、と思った。
次の瞬間、ボールが床を叩く音が耳に入り、身体は再び地面へと降りる。

「ダンクシュート!?」
「嘘だろ、あの身長で?」

振り返ると驚くほどの歓声が自分に向けられていた。
いつの間にか集まった大量のギャラリーが、口々に何か叫んでいる。
ダンクシュート。
ああ、そうか。あの枠に僕は手が届いたのか。
自分の指先を見つめる。
次はもっと上まで、その指先を伸ばせるような気がした。

だが黒羽の高揚した気分を切り裂くような言葉が、敵チームの中から聞こえた。
「何か…ズルしたんだろ?」
「えっ?」
黒羽は驚いてそちらに視線を向け、そしてドキリとする。
明らかな敵意を浮かべた幾つもの瞳が、こちらを睨んでいた。
「な…なに言ってんだよ。目の前で見たろ? ズルなんてどうやったら出来るんだよ」
チームメイトの一人が抗議の声をあげる。
「そりゃ…そうだけどさ」
「でも、ありえねえだろ? ダンクとか」
「なんだよ、おまえら。負けてるからってみっともないんだよ」
「なんだと、てめえ!」
「おい、よせって。試合中だろ」

お互いのキャプテン同士が、どうにかその場を収めたが、険悪な空気はそのまま残り、試合自体も重苦しく気分の悪いものとなった。
練習試合が終わった後、一人の少年がポツリと呟く。

「だから嫌だったんだ。黒羽を入れるの」

それが敵の言葉でなく、自分のチームメイトから出た言葉だったことに、黒羽はひっそりと傷ついた。
無責任に見学していただけのギャラリーは、黒羽が作った大差での勝利に歓声を上げている。
しかし華やかな歓声とは対照的に、選手達の間には黒々と重い空気がよどんでいた。


その日、学校の帰りに黒羽は何人かの生徒に取り囲まれた。
今日のバスケ部のメンバーではないが、見覚えのある顔が混じっている。
ああ……。黒羽は心の中でため息をついた。
きっと前に、今日のように悪目立ちして、それが気にくわないと思われたんだろう。
何もかも、ひどく面倒くさかった。
逃げることすらも、今日は億劫だった。

結局、黒羽は手ひどく殴られるはめになった。
家にたまたま来ていた冬馬涼一が、黒羽の顔の痣に驚いて目を見開く。
「なんだよ、コウ。ケンカしたのか?」
「してない…」
「してないって。えーと…じゃあ、一方的に殴られた?」
黒羽は答える代わりに目を伏せた。
「ああ…なるほどね。目立つとか言われた?」
黒羽の肩が微かに揺れた。冬馬はくすりと笑う。

「やっぱり」
「なんで…わかるの?」
「ああ、だってオレも目立つからな。コウはなおさらだろ? 想像くらいつくよ」
「涼一も……殴られたの?」
「殴られたな。けど、殴り返した。コウは殴り返さないのか?」
黒羽は頭を横に振った。
「逃げる……」
「ふうん。でも今日は逃げなかった。どうして?」
黒羽の沈黙に、冬馬は苦笑いしながら肩を抱いて顔を寄せた。
「コウ、あのさ。これからもコウは目立つぞ」
「涼一…」
「でもそれはコウのせいじゃない。悪くないのに何故か目立って絡まれる。そんなの嫌なだよな。で、毎回逃げるのも嫌になってて。でもどうしていいか解らなくて。それで今日はただ立っていた。そうなんだろ?」
黒羽は小さく頷いた。

「じゃあ、ケンカのやり方を教えてやるよ」
「えっ?」
黒羽が顔を上げると、冬馬はニッコリと笑った。
なんて綺麗なんだろ。黒羽の頬が熱くなる。
どうして涼一は、こんなに自分の気持ちが解るのだろう。
そして僕は、どうして男の人をこんなに綺麗だって思うんだろう。

「中学生になってから背が伸びてきたし、運動得意なんだろ? 力もついてきた」
「うん」
「じゃあ、やり方を知っておいた方がいい。逃げるのも限界があるし、かといってまったく何も知らない状態で下手に抵抗したら、相手に怪我させてしまうこともあるからな」
「怪我?」
「そう。コウの体格や身体能力の高さで、加減しないで抵抗してみろ」
想像して、黒羽はゾッとした。
確かに……。今日殴られている最中も、何度かやりかけた。
飛んでくる足を掴んで地面に叩きつける。それくらい簡単にできそうだったが、コンクリートに力任せに叩きつけたら人間の身体がどうなるのか。
怖くてとても手が出せなかった。

「だから、手加減のやり方を覚えるのさ。これからも理不尽にケンカに巻きこまれることは多いと思うよ。逃げられたら逃げたらいい。けれど逃げられなかった時は…」
冬馬の手が黒羽の顔をゆっくりとなぞっていく。
その感触に、黒羽の心臓の鼓動は早くなった。
「この綺麗な顔を、こんなに腫らさなくても、よくなるよ」
「涼一……」
「まったく。オレのコウをこんな顔にしやがって。許せないな」
冬馬の綺麗な手。
こんな風に撫でられて、優しく触られると、どうしていいか解らなくなる。
ずっとこうされていたいのか、恥ずかしくて逃げたいのか。

「まかせとけ。オレは、ケンカ負けたことないぜ」
「ホント?」
「ホントホント。強いんだよ、オレは」
「うん…じゃあ。教えて」
冬馬へのこの気持ちがどういうものなのか、まだ黒羽にはよく解らなかった。
思春期と呼ばれる歳になってから、身体に満ちてくる妙なエネルギーと同じように、冬馬への感情を黒羽は持て余していた。

ケンカは怖い。本当は関わりたくない。
でも、涼一が言うことも正しいのだろう。
そして……。
どんな理由でも涼一と一緒にいられる事が、僕は嬉しい。
たとえ誰が自分を嫌っても、学校で上手く行かない時でも、帰ってくればこんな風に涼一が撫でてくれる。涼一だけいれば、彼が僕を好きでいてくれるなら、他のことはどうでもいいや。

15歳の自分にどんな運命が待ち受けているのか、今の黒羽は知らなかった。この日常のすべてが簡単に無くなってしまうなんて、想像すら出来なかった。
未来には不安と期待が、ただ茫漠と広がっている。
どこまでもなんでも出来そうなほどのエネルギーと、彼を想う時の熱く奇妙な心の揺れ。
それが14歳の黒羽。今のすべてだった。

END






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